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沖縄の音楽は、沖縄の人たちにとっての誇りであると同時に、世界に誇れる「自国の文化」として、多くの日本人に触れてほしい。 そして、広く世界の人たちに愛される音楽となってほしい。 そんな願いを抱く、Office MANDIEが運営するサイトです。

As for the music of Okinawa, I want more Japanese to touch as "Culture of the home country" that can boast to the world at the same time as the boast it for the people in Okinawa. And, I want you to become musical widely loved by the people in the world. It is a site that Office MANDIE manages where such a wish is held.



<Office MANDIE> 代表 あべいっこう
(Okinawan Music Catalyst / Communicator)

冬は雪に閉ざされる地に生まれ育つ。地元の学校を卒業後に上京。勤務先のタワーレコードでワールドミュージックの担当となり、世界の音楽と沖縄の音楽に出会う。
27歳で初めて訪れた沖縄で、夕暮れの集落を散歩中に民家から漏れ聴こえてきた三線の音色にハッとし、3日後に訪れた竹富島の牛車引きのオジサンの、チューニングもあっていない三線で弾き唄う「安里屋ユンタ」に涙する。
以降タワーレコードでは、取り憑かれたように沖縄音楽を展開。インストアライブなどを、店内はもちろん、近隣のスターバックスの屋外テラスなどでも度々展開し、そこそこ話題になる(決定していた故嘉手苅林昌のインストアが、当日の体調不良により流れたのが唯一の心残り)。

タワーレコードに続いて所属した音楽プロダクションでは、沖縄アーティストのマネージメントやCDの制作、イベント制作などの、アーティストに直接触れる仕事に従事。

沖縄の音楽は、古より伝えられた伝統そのままの佇まいのもの、伝統に、現代的な衣を纏わせたもの、伝統より生み出された新たな普遍、それらが違和感なく同居し、人々はそれを、自らの生活の傍らに置く。
その土地で生まれた音楽が、今も人々の暮らしのそばに濃密に在り続けるという、日本本土ではもはや見られなくなりつつある有り様が、ここでは今も、ありありと展開される。

暮らしに寄り添う音楽。それは音楽というものの、ある意味理想の「在り方」ではないか・・

そんなことを想いつつ、音楽好きと南の島好きの性分を持った自分がこの世に生まれ落ちた理由は、この島の音楽に出会うためだったのだな、などと、ひとりごち、沖縄音楽は、この地でしか生まれ得なかった、本当の意味で「日本発」のポピュラーミュージックであり、その普及のために自分の人生を捧げよう。そう心に決めた音楽ラヴァーズ。


※「MANDIE」(マンディ)」の意味:
英語で「より多く」や「いっそう」を表す“MORE”に該当する沖縄本島中部地方の方言